日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
 090-5016-4520
お問い合わせ

後南朝 禁闕の変と大覚寺統の終焉  研究者と学ぶ日本史

1392年、足利義満は明徳の和約により南北朝統合を実現しました。和約では両統迭立になっていましたが、後小松が称光に譲位したため大覚寺統が反発、後南朝と呼ばれる動きが始まります。

大覚寺統の宮家のなかには室町幕府に順応するものもありましたが、足利義教は大覚寺統宮家の整理に乗り出します。1441年、嘉吉の乱が起こり足利義教は殺害され、赤松氏が滅亡しました。室町幕府が動揺するなか、1443年に禁闕の変が起こり神璽が奪われます。赤松氏は神璽の奪回によって再興を企て、1457年の長禄の変で神璽奪回に成功、赤松氏は加賀半国守護になりました。こうした動きのなかで、後南朝の人々が消えていき、応仁の乱の西陣南帝をもって後南朝の消息は絶えてしまいます。

足利義満・足利義教が大覚寺統をどのように処遇したか、大覚寺統の宮家はどのように対応したか。禁闕の変を子細に検討しながら、後南朝の動きを秦野先生が解説します。

Youtube で見る

 

 

2019.11.12 Tuesday