日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
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卑弥呼と神功皇后

晋の史書魏志倭人伝は、239年に邪馬台国の女王卑弥呼が「親魏倭王」に任ぜられたことを記録している。「親魏・・」は大月氏(インドのクシャナ朝)と倭国に贈られた称号で魏が倭国を(過大評価といってもよいくらい)高く評価していた証しである。

日本書紀の編者は、当然この記事を読んでいる。推古天皇以前の日本の統治者で女性は神功皇后しかいない。日本書紀は神功皇后の時代を239年前後に設定した。江戸時代まで、卑弥呼は神功皇后であると考えられていたのである。

神功皇后は大正時代の皇統譜で天皇の代数から外されたが、江戸時代までは天皇としてカウントされていた。日本書紀は神功皇后に他の天皇と同様に一巻(巻9)をあてており、神皇正統記は15代天皇と記している。彼女は69年間にわたって日本を統治したのであって、これを天皇と認めないのであれば、天皇なんて不在でも日本は支障なく何十年も統治できるのだということになってしまうのではないのか、と思ったりする。

2019年8月現在のウイキペディアは「古代日本の摂政(在位:神功皇后元年10月2日 - 神功皇后69年4月17日)。一部史書では女帝とされる」と書いているが、天皇が不在であるのに摂政になれるのかという疑問がわく。もっとも、神功皇后が在位したとされる3世紀には「天皇・皇后・摂政」などという言葉自体が存在していない。

日本を70年近く統治した女性を敢えて皇后と呼び(推古天皇は天皇なのに)、それでも実際には天皇として扱ってきたのに、明治・大正期にわざわざ天皇の代数のカウントから外したのはどういう理由なのか、暇があったら調べてみようと思う。血統なのか、実績なのか、血統が理由とすると父方に問題があるのか、母方に問題があるのか。父方は開化天皇の四世ないし五世の孫だから問題なさそうに見える。母方は渡来人のアメノヒボコ(天之日矛)の系統、しかし、渡来人がダメというなら桓武天皇はどうなる?ということに。

神功皇后は、戦前は三韓征伐をした日本史のヒロインであったが、今の教科書には影も形もない。お宮の絵馬で神功皇后に親しんで育った世代としては寂しい気もするのである。

 

2019.11.12 Tuesday