日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
 090-5016-4520
お問い合わせ

持統天皇 皇位の直系継承を推進した女帝

天智天皇は大田皇女と鸕野讃良皇女(持統天皇)を大海人皇子(天武天皇)の后とした。662年、鸕野讃良皇女が草壁皇子を、翌年に大田皇女が大津皇子を産む。大田皇女が姉であったが若くして亡くなっている。

天智天皇は大友皇子(弘文天皇)への直系継承を図るが、672年の壬申の乱で大海人皇子は近江朝廷を倒して即位し、鸕野讃良皇女が皇后となる。天武・持統は自らの直系への皇位継承をめざすが、皇太子の草壁皇子が即位を前にして薨去してしまう。持統天皇は孫の文武天皇の成長を待つため自らが即位し、文武天皇即位後は上皇として実権を握った。持統天皇は自らの意志による最初の譲位と最初の上皇による統治をおこなった人物である。

文武天皇も若くして崩御し、元明天皇・元正天皇と女帝・上皇を立てて聖武天皇へと皇位を継承する。その一方で、持統天皇は藤原氏に接近し、藤原不比等の娘を文武天皇・聖武天皇の后に迎える。

天皇家と藤原氏の協調によって皇位継承を安定化させるというシステムは、平安時代になると有効に機能するようになった。そして、幼帝と摂政という摂関政治へと繋がっていく。

Youtube で見る

2019.11.12 Tuesday