日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
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高校生のための日本史講座04 聖徳太子と遣隋使

蘇我馬子は崇峻天皇を暗殺し、推古天皇とともに政権を構成しました。推古天皇・大臣蘇我馬子政権の次の世代は竹田皇子・押坂皇子・厩戸皇子です。このうち、竹田・押坂は若くして亡くなり、厩戸(聖徳太子)が推古天皇の後継者と認められて上宮王家を立てました。聖徳太子は推古天皇の娘・蘇我馬子の娘を后としています。聖徳太子の祖父は父方・母方ともに欽明天皇、菟道貝蛸皇女も祖父は父方・母方ともに欽明天皇ですから、二人の間に生まれる子どもは欽明天皇の直系になります。欽明天皇は複数の王家を統合し皇統を統一しました。聖徳太子は欽明天皇の再来を期待されていたのかも知れません。しかし、菟道貝蛸皇女は結婚後まもなく亡くなってしまいます。

推古政権の外交課題は隋の興隆への対応でした。推古天皇は遣隋使を派遣しますが、中国の史書では600年、日本書紀では607年となっていて。日本側は600年の遣使を記録していません。このとき、隋から様々な指導を受け、推古政権は607年までの間に「冠位十二階」「憲法十七条」等の国家体制を整えています。

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高校生のための日本史講座05 持統天皇と女帝の世紀

2019.11.21 Thursday