日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
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高校生のための日本史講座14 藤原道長と摂関政治

藤原道長は摂関政治の全盛期を実現した人物とされています。しかし、藤原道長が関白になったことはありません。摂政になったのも後一条天皇が即位したときだけで、一年あまりで辞任しています。では、藤原道長が就いていた官職は何かというと、内覧+左大臣。摂政や関白になるより、内覧+左大臣の方が実践的な役職なのです。

後一条天皇は藤原道長の娘彰子の子どもです。後一条天皇の皇后は道長の娘の威子。威子が立后して、道長の娘が太皇太后・皇太后・皇后を独占し、祝宴が開かれました。その日に道長が詠んだ歌が「この世をば、我が世とぞ思ふ、望月の、欠けたることもなしと思へば」。実は、道長の日記「御堂関白記」にこの歌は記録されていません。記録しているのは藤原実資の「小右記」。

「この世をば・・」は有名な和歌ですが、和歌としての出来栄えはイマイチだそうです。即興の作品ですから。だから、道長は書き留めなかった。なのに、小右記に記録されたために、道長といえば「この世をば」になってしまいました。

実資は道長と必ずしも考え方を同じくする人ではなかったようです。だから、道長がこんな歌を作りよったとばかりに書き留めたのか、あるいは単に何でも書いておくということから「この世をば」を書き留めたのか。

千年後に「この世をば」といえば藤原道長の栄華で超有名・・なんてことになっていると知ったら、道長は西方浄土で苦笑することでしょう。

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高校生のための日本史講座

2019.11.12 Tuesday