日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
 090-5016-4520
お問い合わせ

高校生のための日本史講座15 源義家 河内源氏の関東進出

清和源氏は畿内を本拠地とし、源頼光の摂津源氏と源頼信の河内源氏に分かれます。1031年、甲斐守であった源頼信が平忠常の乱の追討使として関東に乗り込み、乱を鎮圧します。平直方は源頼義を婿に迎え鎌倉を譲ります。平直方・平忠常に従っていた武士たちも源頼義の配下に入り、関東の桓武平氏は河内源氏に吸収されました。この結果、鎌倉幕府には桓武平氏ゆかりの御家人が多く登場することになります。

畿内の河内源氏を父、関東の桓武平氏を母とした源義家は、ハイブリッド型の武将でした。源頼義・源義家は陸奥守として奥州に赴任し、前九年の役、後三年の役を戦います。しかし、源義家は奥州の利権を手にすることはできませんでした。後三年の役は義家の私戦と判断されて朝廷から恩賞が支給されなかったうえに、義家は官物の納入不足を咎められています。

河内源氏が奥州から撤退すると、奥六郡は奥州藤原氏の支配下に入ります。藤原清衡は馬等の産物を摂関家に贈って藤原氏一族と認めてもらい、摂関家の荘官となります。その後、奥州藤原氏は摂関家と友好関係を保ち、平泉に中尊寺など華やかな文化を展開しました。

Youtube で見る

 

2019.11.12 Tuesday