日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
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高校生のための日本史講座25 平清盛と後白河上皇

保元の乱で、後白河天皇方が崇徳上皇方に勝利しました。後白河天皇は守仁親王への繋ぎの天皇でしたから、美福門院と信西の話し合いにより後白河は守仁親王(二条天皇)に譲位します。このとき、二条天皇の皇太子は決まっていませんでした。後白河上皇は平滋子との間に生まれた皇子(後の高倉天皇)を皇太子に立てようとします。このとき、後白河上皇は平清盛の支持を期待していました。二条天皇は後白河上皇の策動に激怒し反撃に転じます。後白河上皇は平清盛の動きを見誤っていました。

1161年、二条天皇が後白河院政を停止して二条親政が確立します。関白は藤原基実。平清盛夫妻は二条天皇の乳父母、清盛の娘盛子が藤原基実に嫁いでいます。若い二条・基実を見守りながら清盛は日宋貿易に注力する。この時代が清盛にとって幸福な時代だったのではないか、という気がします。ところが、二条・基実の早逝によって後白河院政が復活しました。1170年代後半、平滋子・平重盛という緩衝役が亡くなると、後白河と平清盛の対立が対立し、清盛は後白河を幽閉して平氏政権を樹立します。

 

 

2019.11.21 Thursday