日本史オンライン講座 秦野&松本

大学講師秦野裕介と高校教師松本恵司のコラボによる日本史オンライン講座。秦野先生が解説する「研究者と学ぶ日本史」、そこで学んだ知識を高校生向けにアレンジして松本が作った「高校生のための日本史」があります。
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更新記録

2019 / 08 / 24  10:56

研究者と学ぶ日本史 蒙古襲来絵詞(竹崎季長絵詞)

蒙古襲来絵詞は御家人竹崎季長が自らの体験を絵師に描かせた貴重な記録です。

絵詞の各場面を、服部英雄著「蒙古襲来と神風」を参考に、秦野裕介先生の知見を加えて解説していただきました。

高校や市民講座で日本史を教えている立場でいうと「こう説明すればよいのか」というヒントが満載の90分でした。

こういう講義を大学の先生にしてもらうと、中等教育・生涯教育の関わっている私などは大助かりです。

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参考資料

『蒙古襲来絵詞』で学ぶ中世の武士像

2019 / 08 / 18  15:27

高校生のための日本史講座07 平安遷都

称徳天皇が崩御して光仁天皇が即位します。光仁の皇太子は聖武の皇孫他戸親王でしたが、他戸皇太子は廃されて、光仁の次期天皇は桓武になります。文武・聖武・孝謙と続いてきた天武系王朝は天智系王朝に交替したのです。

桓武天皇は新王朝の都をめざし、長岡京、続いて平安京を建設、794年平安京に遷都しました。

2019 / 08 / 17  09:31

奥州藤原氏の安全保障と源義経

藤原秀衡は何故源義経を平泉に迎えたのか。

奥州藤原氏の安全保障にとって最も危険な敵は、源頼義・義家の時代から河内源氏であった。奥州藤原氏は、摂関家グループに加わり、平家政権と友好関係を保つという安全保障戦略をとっていた。この戦略のなかで、源義経はどのような位置づけをしめていたのか。

義経が平家を壇の浦で滅亡させたうえで、頼朝とたもとを分かつ。源頼朝は頼義・義家から着目していた奥州の利権を手中におさめようとするが。

 

高校生のための日本史

2019 / 08 / 14  21:56

系図で学ぶ高校日本史43 徳川家斉と松平定信

松平定信は白河藩主時代に藩政改革で実績をあげ、御三家など有力大名の支持を受けて老中に就任しました。

寛政の改革を推進した定信ですが、頭が痛かったのは尊号一件と大御所問題。傍流から天皇・将軍に入った光格天皇と徳川家斉が父親の処遇で定信を困らせます。定信は尊号一件を強行突破し関係した公家を処罰しますが、幕府が公家を処罰できる根拠として持ち出したのが大政委任論。大政委任論は定信の意図を超えて独り歩きを始め、幕末になると幕府を苦しめることになりました。

高校生の日本史へ

 

2019 / 08 / 13  22:56

研究者と学ぶ日本史 大蒙古国皇帝国書 

1268年、クビライから大蒙古国皇帝国書が日本に届きました。

今日ではジャルリクの形式の研究が進み、この国書は、皇帝が国王に送る文書として破格の敬意表現であることが明らかになっています。文末に近いところにある「兵を用いて」という威嚇文言は、文書が伝えたい本質的な内容ではなくテンプレートの一部だったのです。

国書が大宰府から幕府と朝廷に送付され、幕府と朝廷はどのように対応するか判断を迫られます。朝廷がこの文書をどのように理解し返牒の可否をどのように考えたのか、を中心に秦野裕介先生に授業が進みます。

参考 秦野先生の論文「クビライ・カアンと後嵯峨院政の外交交渉」

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2019.12.10 Tuesday